最終更新日 2026年6月3日 by anielm
「バリデーションの仕事をしています」と言うと、製薬業界の方でも「ああ、溶出試験ですね」と返されることが少なくありません。確かに溶出試験はバリデーション業務の代表格ですし、製剤の品質を評価するうえで欠かせない試験です。ただ、それだけがバリデーションのすべてかと聞かれると、まったく違います。
私は宮田奈津子と申します。大手製薬メーカーの品質管理部門に12年間在籍し、溶出試験はもちろん、プロセスバリデーションや洗浄バリデーション、分析法バリデーションなど一通りの業務を経験してきました。現在はフリーランスのサイエンスライターとして、製薬業界の技術情報を発信しています。
この記事では、バリデーション業務の全体像を改めて整理します。溶出試験しか知らなかった方にも、日々の業務でバリデーションに携わっている方にも、頭の中を一度リセットして俯瞰するきっかけになればと思います。
目次
そもそもバリデーションとは
バリデーションという言葉は、製薬業界に限らず使われますが、医薬品の世界では明確な定義があります。改正GMP省令では「製造所の構造設備並びに手順、工程その他の製造管理及び品質管理の方法が期待される結果を与えることを検証し、これを文書とすること」とされています。
噛み砕いて言えば、「この設備で、この手順で作れば、ちゃんと品質の良いものが安定して出来上がる」ことを科学的に証明して記録に残す作業です。
GMPにおける位置づけ
バリデーションがここまで重視されるようになった背景には、1970年代にアメリカで起きた医薬品の汚染事故があります。完成品の検査だけでは品質を保証しきれないという反省から、製造工程そのものの妥当性を証明する仕組みとしてバリデーションの概念が確立されました。
GMP(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)において、バリデーションは品質保証の根幹です。最終製品を検査して合格だったから良い、ではなく、工程の最初から最後まで一貫して品質が担保されることを証明する。この考え方がGMPの基本姿勢であり、バリデーションはその実行手段にあたります。
日本ジェネリック製薬協会の解説ページでも、バリデーションはジェネリック医薬品・先発医薬品を問わず製品のライフサイクル全体にわたって求められるものだと説明されています。
バリデーションの種類を一覧で整理する
バリデーションと一口に言っても、対象や目的によっていくつかの種類に分かれます。ここでは代表的なものを整理します。
| 種類 | 対象 | 主な目的 |
|---|---|---|
| プロセスバリデーション | 製造工程全体 | 製造プロセスが安定して品質基準を満たすことを証明 |
| 洗浄バリデーション | 製造設備の洗浄工程 | 前ロットの残留物による汚染がないことを証明 |
| 分析法バリデーション | 試験方法 | 分析手法が目的に対して適切であることを証明 |
| コンピュータ化システムバリデーション(CSV) | 電子システム | システムが意図通りに動作しデータの信頼性を保つことを証明 |
| 適格性評価(クオリフィケーション) | 設備・機器 | 設備が設計通りに設置・稼働・性能発揮することを証明 |
このほかにも、包装バリデーション、輸送のバリデーション、無菌操作のバリデーションなど細分化すればさらに広がります。現場で「バリデーション担当」と呼ばれる人のカバー範囲は、会社の規模や組織体制によって大きく異なります。
プロセスバリデーション
製造プロセス全体が、狙った品質の製品を安定して生み出せるかを検証するバリデーションです。一般的には3ロット以上を製造し、すべてのロットが品質基準をクリアすることで妥当性を確認します。
プロセスバリデーションには主に2つの実施タイミングがあります。
- 予測的バリデーション:商業生産を開始する前に行う。新製品や新規設備導入時が典型
- コンカレントバリデーション:すでにバリデーション済みの工程に変更を加えた場合などに、製造と並行して実施する
品質管理部門にいた頃、私が最も時間を費やしたのはこのプロセスバリデーションでした。試作段階から何度も条件を調整し、3ロット連続で規格内に収まったときの安堵感は、この仕事ならではのものです。
洗浄バリデーション
製造設備を洗浄した後、前の製品の成分が残留していないことを証明するバリデーションです。クロスコンタミネーション(交差汚染)を防ぐために不可欠な工程で、残留許容値の設定や分析方法の選定など、地味ですが非常に神経を使います。
特に多品種を同じラインで製造している工場では、洗浄バリデーションの重要度は格段に高くなります。
分析法バリデーション
試験に使う分析方法そのものが適切かどうかを検証するバリデーションです。たとえば、ある成分の含量を測定するHPLC法が、十分な精度・正確さ・特異性を持っているかを確認します。
分析法バリデーションで検証する代表的な項目は以下の通りです。
- 特異性(目的の成分だけを測れているか)
- 直線性(濃度と測定値が比例関係にあるか)
- 精度(繰り返し測定したときのばらつき)
- 正確さ(真の値にどれだけ近いか)
- 検出限界・定量限界
- 頑健性(条件を少し変えても結果がぶれないか)
PMDAのICH Q2ガイドラインページでは、分析法バリデーションに関する国際的なガイドラインとトレーニング資料が公開されています。2023年にはQ2(R2)として改定が最終化され、NIRやラマン分光法など多変量解析を伴う分析法にも対応した新しい枠組みが示されました。
コンピュータ化システムバリデーション(CSV)
製造管理や品質管理に使うコンピュータシステムが、意図した通りに動作し、データの信頼性が保たれることを検証するバリデーションです。
2010年に厚生労働省が「コンピュータ化システム適正管理ガイドライン」を発出し、2012年に施行されました。このガイドラインはISPE(国際製薬技術協会)のGAMP5をベースにしており、ソフトウェアのカテゴリ分類に応じたリスクベースのバリデーションアプローチを推奨しています。
近年はクラウドベースのシステム(SaaS)の導入が進み、CSVの対象範囲は拡大する一方です。自社サーバーに置いていた時代と比べて、ベンダー管理のクラウド環境でデータインテグリティをどう担保するかという新しい課題が生まれています。
適格性評価(クオリフィケーション)
設備や機器が設計通りに機能することを段階的に確認する作業です。バリデーションの前提条件とも言える工程で、以下の4ステップで進めます。
- DQ(設計時適格性評価):設計が要求仕様を満たしているかを確認
- IQ(据付時適格性評価):設備が正しく設置されているかを確認
- OQ(運転時適格性評価):設備が運転条件下で意図通りに動くかを確認
- PQ(性能適格性評価):実際の製造条件で期待する性能が出るかを確認
プロセスバリデーションを行う前に、使用する設備の適格性評価が完了している必要があります。ここを飛ばして製造バリデーションに入ることはできません。
溶出試験はバリデーション業務のどこに位置するか
ここまで読んでいただくと、溶出試験がバリデーション業務全体の中でどこに位置するかが見えてくるはずです。
溶出試験は、主に分析法バリデーションや適格性評価と密接に関わります。溶出試験器そのものの適格性評価(IQ/OQ/PQ)、溶出試験法の分析法バリデーション、そして溶出試験器の定期的な校正やキャリブレーション。これらはいずれもバリデーション業務の一環です。
ただし、溶出試験はあくまで品質管理の試験手法の一つであり、バリデーション業務の全体像からすれば一部分に過ぎません。私が品質管理部門にいた頃も、溶出試験に関わる時間は全バリデーション業務の2割程度でした。残りの8割は、他のプロセスバリデーションや洗浄バリデーション、設備の適格性評価、変更管理に伴う再バリデーションなどに充てていました。
近年のバリデーション業務で押さえておきたいトレンド
バリデーション業務は「一度やったら終わり」ではありません。規制動向や技術の進歩に合わせて、求められる水準は常に変化しています。直近で特に押さえておくべきトレンドを3つ挙げます。
データインテグリティへの対応
2021年8月に施行された改正GMP省令では、データインテグリティに関する要件が明確に盛り込まれました。データインテグリティとは、記録データが「完全で、一貫性があり、正確である」状態を指します。
具体的にはALCOA原則が基本となります。
- Attributable(帰属性):誰がそのデータを記録したか特定できる
- Legible(判読性):データが読める状態で保存されている
- Contemporaneous(同時性):行為と同時に記録されている
- Original(原本性):原本またはその真正コピーである
- Accurate(正確性):データに誤りや改ざんがない
紙ベースの記録からデジタル化が進む中で、電子記録の監査証跡(オーディットトレイル)やアクセス管理の整備が不可欠になっています。バリデーション担当者にとっても、単に「試験の妥当性を検証する」だけでなく、記録の信頼性そのものを担保する視点が必要になりました。
ICH Q2(R2)改定の影響
前述の通り、分析法バリデーションの国際的なガイドラインであるICH Q2が2023年に改定されました。1996年以来の大幅な見直しです。
改定の最大のポイントは、NIR(近赤外分光法)やラマン分光法など、多変量解析を用いるPAT(プロセス分析技術)に対応した分析法バリデーションの考え方が示されたことです。従来のQ2(R1)はHPLCやGCといった古典的な分析法を前提としていたため、新しい分析技術を用いた申請では審査当局との間で大量の照会が発生していました。Q2(R2)はこの課題を解消するための改定です。
同時に策定されたICH Q14「分析法の開発」ガイドラインと合わせて理解することで、分析法の開発からバリデーションまでを一貫した枠組みで管理できるようになります。
ライフサイクルアプローチの浸透
バリデーションを「製品の上市前に一度実施して完了するもの」と捉える考え方は、もう古くなりつつあります。現在の主流はライフサイクルアプローチ、つまり製品のライフサイクル全体を通じて継続的にバリデーションの状態を維持・更新していく考え方です。
ICH Q8〜Q12のガイドライン群がこの考え方を支えており、特にICH Q12「医薬品のライフサイクルマネジメント」では、承認後の変更管理を含めたバリデーション戦略の構築が求められています。
定期的な製品品質の照査(APR/PQR)結果に基づいて再バリデーションの要否を判断し、変更管理と連動させて実施する。このサイクルを回し続けることが、現代のバリデーション業務の基本形です。
バリデーション業務を外部に委託するという選択肢
バリデーション業務は専門性が高く、かつ工数も膨大です。すべてを社内リソースで賄おうとすると、人材の確保や教育コストが大きな負担になります。特に中小規模の製薬企業では、バリデーション業務の一部を外部パートナーに委託するケースが増えています。
外部委託の対象になりやすいのは、以下のような業務です。
- 分析機器の適格性評価(IQ/OQ/PQ)と定期校正
- 分析法バリデーションの実施支援
- CSV(コンピュータ化システムバリデーション)の構築・文書作成
- 受託分析やアプリケーション開発
外部に委託するメリットは、専門知識を持った人材にスポットで対応してもらえること、最新の規制動向を反映したバリデーション計画を立ててもらえること、そして社内リソースをコア業務に集中できることです。
一方で、委託先の技術力やサポート体制の見極めは慎重に行う必要があります。機器を売って終わりではなく、導入後の運用支援、定期点検、校正、さらには技術セミナーまでカバーしてくれるパートナーが理想です。
この領域で長年の実績を持つ企業の一つに、2002年に日本バリデーションテクノロジーズ株式会社として設立された現フィジオマキナのサイトがあります。溶出試験器を中心に、バリデーション支援や技術セミナー、受託分析まで一貫したサービスを提供しており、近年はMPS(マイクロ生理学系)やバイオ医薬品分野にも領域を広げています。
まとめ
バリデーション業務の全体像を整理してきました。溶出試験はバリデーションの重要な構成要素ですが、それはあくまで全体の一部です。プロセスバリデーション、洗浄バリデーション、分析法バリデーション、CSV、適格性評価と、バリデーション業務は多岐にわたります。
加えて、データインテグリティへの対応やICH Q2(R2)改定、ライフサイクルアプローチの浸透など、バリデーション業務を取り巻く環境は変化し続けています。「一度検証したら終わり」ではなく、継続的に品質を保証し続けるための仕組み作りが求められる時代です。
これからバリデーション業務に携わる方も、すでに現場で奮闘している方も、まずは全体像を頭に入れておくことで、日々の業務の位置づけがクリアになるはずです。



